国内のデジタル家電メーカーの凋落が著しい。テレビを筆頭に価格競争から抜けられず、巨額の赤字を計上している状況だ。このままでは米国のRCA社やZenith社のように、国内のデジタル家電メーカーがなくなってしまう可能性さえ指摘されている。
メディアの多くは、デジタル家電メーカーが不振に陥った原因として、「縦割り化された組織」「垂直統合型と水平分業型のビジネスモデルの選択ミス」「EVA(経済付加価値)基準など、米国主導の経営指標の導入」などの問題を指摘している。だが、実際に国内の家電メーカーに身を置き新商品を開発してきた一技術者が見る本質は別にあると考えている。根本的な原因は、ウォークマンやCD、VTRのような新商品のアイデアと開発力が乏しいこと、それを実現するための信念と経営、開発を手掛ける人材を育成できていないことだろう。
本稿では、国内の家電メーカーがかつての強さを取り戻すために必要と考えられる商品開発力を鍛えるきっかけになればと思い、ソニーで商品開発を手掛けていた私の経験を執筆させていただく。まずは、世界初の無線テレビ「エアボード」、それを発展して世界中どこでもインターネット経由で自宅のテレビを視聴できる「ロケーションフリー」の開発秘話を紹介したい。国内家電メーカーが凋落した原因の本質を知るための、一助になれば幸いである。
通信を使った新しいテレビを作ってくれ
1997年の秋――。
当時、私は携帯電話機や家庭用電話機を手掛けていたソニーのパーソナル&モービルコミュニケーションカンパニーという部門で、プレジデント直下のプロジェクトとして、インターネット接続やメールのやりとりができる「ディスプレイフォン」(仮称)の開発を統括していた。開発チームは私を含めて12名だったが、全員がディスプレイフォンをこれまで世の中にない商品と考えており、高いモチベーションを持って進めていた。
転機のきっかけとなったのが、出井さん(当時の代表取締役社長 兼 CEOの出井伸之氏)から送られてきた1通のメールである。その内容は、「テレビ・グループ(テレビなどを手掛けるディスプレイカンパニー内の1部門)に異動し、通信技術を使った新しいテレビを開発してほしい」というものだった。
私はこのメールを受け、早速、(当時)ディスプレイカンパニーのプレジデントに話を聞きにいった。ところが、プレジデント自身も出井さんから我々のグループをテレビ・グループに異動させるという辞令を聞いただけであり、加えて新規分野に対し全く疎い人で、「現在の開発プロジェクトは、すべて中止せよ」という指示を受けたのみだった。
エムジェイアイ 代表取締役